■あなごめしについて

「あなごめし」は、上野家十代目他人吉が、宮嶋駅
(明治30年開通)の駅売弁当として、 販売したのがはじまりで
ございます。


他人吉翁は明治の中頃、宮島でお米の商いをしておりました。
その後、機会があって、 宮島口の駅前参道に茶店を開業、その茶店を起点に駅弁あなごめしは誕生いたしました。
あなごがたくさん獲れるこの宮島近海では、昔から地元の料理としてあなごどんぶりがございました。茶店にも一品として旅人を楽しませていたことでしょう。江戸時代の芸藩通史にも当地の穴子の美味しさを書き伝えております。

他人吉翁は、この宮島でもてなされていたであろう「あなごどんぶり」の白飯を工夫し、あなごのあらで炊き込んだ醤油味飯を考え出しました。脂ののったあなごのあらで炊き込んだ飯はこくがあり、大変評判となりました。当時開通したばかりの宮嶋駅で駅弁を販売することを考えていた翁は、さっそくこのめしにあなごをびっしりとしきつめた「あなごめし」を名物として販売することにしたのです。以来、山陽本線では評判となりましたが、現在のように四国や岡山、隣の徳山などの駅弁として販売をはじめたのはここ二十年のこと。駅弁「あなごめし」の名前は広く使われるようになってゆきました。今は宮島の名物として復活し、個々に特徴とこだわりを持った美味しい穴子丼が出来上がりました。戦後、私の母と母を助け守り続けた多くのスタッフのひたむきな努力によって今日に至っております。

「あなごどんぶり、あなご弁当」は数ありますが、「あなごめし」は両親の守った上野他人吉の味が一番と信じて頑張っております。
また近年の不漁、それにより漁師さんの世代交代が出来ず、当地における日々の集荷が限られることになってしまいました。百年を経て、新たな暖簾をかけるつもりで取り組む覚悟です。永年穴子飯を愛しておられることを強く心に刻みこれまでの味を知るお客様と共にその味を受け継いでおきたいと思っています。何卒お導き下さいますよう宜しくお願い致します。
十三代目 上野純一


 


創業当時の形大きさをそのままに受け継いでまいりました。

なんのてらいもない、長角のへぎ(経木)の折り箱でございます。今ではなくなったへぎの香りはなぜかなつかしく箸を進めてくれます。
一粒残さず折り箱のすみをつついてお召し上がり
頂ければうれしいです。
このへぎの折り箱は北海道の間伐材であった「しなの木」を使っております。
 


すこし冷めた方があなごと味めしがなじんで美味しくなる
「あなごめし」弁当ですが、お店であつあつの味ご飯と
焼きたてのアナゴの蒲焼を載せてお食べ頂けます。

脂の乗った美味しいあなごは黄金色の腹をしています。
包丁でそぎ切りすればオリーブオイルのような金色の脂がにじみだしてきます。
柔らかくてそぎ切りにすることも難しいくらいです。

炊き立ての味飯のうえに並べながら、「あ〜これうまそうだなぁ」と心から思えるのです。
ほんとの脂の乗った美味しい穴子は寿司屋さんのように蒸したり、フワフワと煮込んだりしなくてもただ焼くだけでさくっとして後に口の中でとろけるものなのです。

 


うえのの二階は、私の育ったなつかしい場所です。
ちょっと手を入れてお風呂場だったところは、書斎風に仏壇のおかれていた床の間は、ひとり用の隠れ家に
いろいろ遊んで
台所には大きな一枚テーブルを入れ、キリムの絨毯を敷き
みんなで囲んで
愉しく食事ができるような空間に仕上げました。
畳の上にイス、とても居心地がいいのです。
うえのの二階 「他人吉」でお出しするにのは、吟味された季節の懐石料理と尽きないあなご料理のレパートリーをお楽しみいただいております。

月ごとに変わるコース料理が人気です。コースの最後を締めくくるのはやはりあなごめし。
他人吉で出されるあなごめしは、とびきりの工夫をいたしました。
お二人なら、お二人だけのために炊きあげられる釜だきのあなごめしは、穴子弁当にはないお焦げ付きの美味しさがあります。

 
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