2018年8月10日(金)~8月17日(金)についてうえのの2階他人吉は休業させて頂きます。ご了承下さい。

2018年7月中旬から広島三越店でも丼の提供を開始致しました。ご来店お待ちしております。

 
1階うえのはお弁当のご予約のみとなります。お席のご予約はできません。
 
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あなごめし うえの

弁当販売:09:00~19:00(水曜18:00)※売り切れ次第終了
食堂営業:10:00~19:00(水曜18:00)※売り切れ次第終了
定休日 :無し ※水曜は弁当販売のみ

弁当:09:00~19:00(水曜18:00)
食堂:10:00~19:00(水曜18:00)
※売り切れ次第終了
休み:無し(水曜は弁当販売のみ)

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うえのの2階 他人吉

月木  昼:11:00~15:00
金土日 昼:11:00~15:00
金土日 夜:17:00~22:00
休み   :火水

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土産物もどうぞ
 

アクセス

宮島口本店
0829-56-0006
0829-56-3187
ueno@anagomeshi.com
広島県廿日市市宮島口1-5-11 

改札を出て直進して頂き、地下通路へ向かって下さい。地下通路を渡って頂きますと、すぐに黄色い看板「あなごめしうえの」が見えます。他人吉へは待合所である「上野商店」奥の階段からおあがり下さい。

改札を出て岩国側へ続く横断歩道を渡って頂き、JR宮島口駅方面へ向かって下さい。左手に黄色い看板「あなごめしうえの」が見えます。他人吉へは待合所である「上野商店」奥の階段からおあがり下さい。

道幅が狭く、観光シーズンは交通量も多くなります。ご注意下さい。

JR宮島口駅前の交差点

赤:左折 青:直進

赤:フェリー乗り場前を右折

赤:左手にパン屋が見える道路を直進

赤:最初の十字路を右折

赤:そのまま進む

赤:左手に駐車場

青:左手に広島銀行が見えるまで直進

青:広島銀行のところを左折

青:またすぐ左折

青:右手にカラオケ店が見える道を直進

青:右手に駐車場

店舗はこちら

道幅が狭く、観光シーズンは交通量も多くなります。ご注意下さい。

釜あげうどんと広島信用金庫の交差点

赤:右折

赤:左手にニコニコパーキングが見えるまで直進

赤:直進 青:ニコニコパーキング過ぎを左折

赤:直進後すぐに左折

赤:そのまま進む


赤:左手に駐車場

青:広島銀行が見えるまで直進

青:広島銀行のところを右折

青:右手にカラオケ店が見える道を直進

青:右手に駐車場

店舗はこちら

広島三越店
082-242-3194
広島県中区胡町5-1広島三越B1

歴史

あなごめしの歴史明治
あなごめしの歴史大正
あなごめしの歴史昭和
あなごめしの歴史平成社長四代目

創業明治三十四年 あなごめしうえの
 
「あなごめし」は、上野他人吉が、宮嶋駅(明治30年開通)の駅売弁当として販売したのがはじまりです。他人吉は明治の中頃、宮島でお米の商いをしておりました。その後、機会があって宮島口の駅前参道に茶店を開業。その茶店を起点にあなごめしは誕生しました。当時穴子が沢山獲れていたこの宮島近海では、昔から地元の料理として穴子どんぶりがございました。茶店でも旅人を楽しませていたことでしょう。江戸時代の芸藩通史にも当地の穴子の美味しさが書き伝えられております。
 
他人吉は、この宮島でもてなされていたであろう「穴子どんぶり」の白飯を工夫し、穴子のアラで炊き込んだ醤油味飯を考案しました。その炊き込んだ飯はこくがあり大変評判となりました。当時開通したばかりの宮嶋駅で駅弁を販売する事を考えていた他人吉は、早速この飯に穴子をびっしりと敷き詰めた「あなごめし」を名物として販売する事にしたのです。以来、山陽本線では評判となり、駅弁として販売を続け百十年を超えました。今では、宮島や広島市内においても「あなごめし」の名前は広く使われるようになり、特徴とこだわりを持った美味しい広島の名物となりました。私の母と、母を助け守り続けた多くのスタッフのひたむきな努力によって今日に至っております。「穴子どんぶり、穴子弁当」は数多くありますが、「あなごめし」は両親の守った上野他人吉の味が一番と信じて頑張っております。
 
近年は、穴子の不漁により漁師さんの世代交代が出来ず、当地における日々の集荷が限られる状況になってしまいました。百年を経て、新たな暖簾をかけるつもりで取り組む覚悟です。長年「あなごめし」が愛されている事を強く心に刻み、これまでの味を知るお客様と共に、その味を守り受け継いでいきたいと思っております。何卒お導き下さいますよう宜しくお願い致します。

四代目 上野純一

創業明治三十四年
あなごめしうえの
 
「あなごめし」は、上野他人吉が、宮嶋駅(明治30年開通)の駅売弁当として販売したのがはじまりです。他人吉は明治の中頃、宮島でお米の商いをしておりました。その後、機会があって宮島口の駅前参道に茶店を開業。その茶店を起点にあなごめしは誕生しました。当時穴子が沢山獲れていたこの宮島近海では、昔から地元の料理として穴子どんぶりがございました。茶店でも旅人を楽しませていたことでしょう。江戸時代の芸藩通史にも当地の穴子の美味しさが書き伝えられております。
 
他人吉は、この宮島でもてなされていたであろう「穴子どんぶり」の白飯を工夫し、穴子のアラで炊き込んだ醤油味飯を考案しました。その炊き込んだ飯はこくがあり大変評判となりました。当時開通したばかりの宮嶋駅で駅弁を販売する事を考えていた他人吉は、早速この飯に穴子をびっしりと敷き詰めた「あなごめし」を名物として販売する事にしたのです。以来、山陽本線では評判となり、駅弁として販売を続け百十年を超えました。今では、宮島や広島市内においても「あなごめし」の名前は広く使われるようになり、特徴とこだわりを持った美味しい広島の名物となりました。私の母と、母を助け守り続けた多くのスタッフのひたむきな努力によって今日に至っております。「穴子どんぶり、穴子弁当」は数多くありますが、「あなごめし」は両親の守った上野他人吉の味が一番と信じて頑張っております。
 
近年は、穴子の不漁により漁師さんの世代交代が出来ず、当地における日々の集荷が限られる状況になってしまいました。百年を経て、新たな暖簾をかけるつもりで取り組む覚悟です。長年「あなごめし」が愛されている事を強く心に刻み、これまでの味を知るお客様と共に、その味を守り受け継いでいきたいと思っております。何卒お導き下さいますよう宜しくお願い致します。

四代目 上野純一
あなごめしの歴史明治
 
あなごめしの歴史大正
 
あなごめしの歴史昭和
 
あなごめしの歴史平成社長四代目